ポーランドの旅、クラクフ編。
ポズナンからの移動はなかなか至難の業で、飛行機でも結局ワルシャワ等経由便しかないため、8時間かけて在来線の列車で移動することに。
(新幹線もありますが、ポズナン-ワルシャワ-クラクフの乗り換え1回で所要時間6時間、でも料金は倍以上。だったらノンストップで在来線でいいじゃないかという経緯ですね。)
勝手が分からずドタバタしてしまったので写真がないのが残念・・・ですが、
新幹線や西欧の小奇麗な列車とは違い、どこか昭和(?)な雰囲気の列車に大興奮。
まず電車に乗り込むや否や、中学校の理科室のような臭いとトイレの臭いが混ざった何とも言えない悪臭に襲われます。
電車のつくりとしては、ハリーポッターのホグワーツ特急のように全席廊下とコンパートメントで構成されており、
全く縁もゆかりもない8人が狭いコンパートメントを共有するというシチュエーションに放り込まれるのです。
7時間ぶっ通しで乗っていたのは私と若いお兄さんの2人で、あとは少しずつ途中メンバーが入れ替わりました。
ポズナンから途中まで一緒だったお姉さんが、まるでジブリのアニメに出てきそうな濃いキャラ。
フーディにショーツというラフな格好なんだけれど、そこから伸びるスキニーな身体と小さい頭はまるでモデルのよう。
レオンのマチルダのようなパツっと揃えたショートボブが本当に良く似合っており、少女と女性の間をふわふわ漂うような雰囲気。
途中少し会話を交わした時にニコッと笑った口から覗く、タバコのヤニだらけの歯が印象的で。
下車するときに「ドヴィゼーニャ!」としゃがれた声で元気に挨拶をしてくれて、本当に素敵でした。写真撮らせてもらえば良かったと今になって後悔・・・。
さて、ひたすら8時間揺られてクラクフ中央駅に到着。
立派なショッピングセンター併設の都会的な駅ビルにちょっと萎えたのはさておき、まずは駅の観光案内所で、翌日のアウシュヴィッツ見学ツアーの申し込みを完了。
市内からアウシュヴィッツまでの往復バスと入場料・ガイド料(英語)がすべて込みで、135Zl(約4500円)でした。
(日本語ガイドの値段はもう少し高いかもしれません。)
見学者が多く入場制限をしているため、ガイド付きツアーに参加しないと中に入れないということなのです。
行き当たりばったりスタイルの旅行者は要注意ですよー。
この日は救いようのないどしゃ降りで、旧市街を見て回るのが精一杯でした。
シンドラーの工場跡を利用した博物館や、ジューイッシュのゲットー(さらに言えばプワシュフ強制収容所跡と現存するアーモン・ゲートの家)を見に行きたかったのですが叶わず無念・・・。
翌日は早起きして、一路アウシュヴィッツへ。クラクフ市内から車で約1時間半で到着しました。
アウシュヴィッツ強制収容所は3つのエリアに分かれており、そのうちの2つを見る見学コースであるという前置きからスタート。
まずはもともと刑務所として囚人を収容するために作られたという「第1」エリアから。
レンガ造りの建物には1つ1つ番号が振られており、博物館となった今はトピックごとに整理され、分けられています。
「収容所内の生活・衛生面について」「犠牲者たちの持ち物」「ガスを使った大量殺戮について」といった具合です。
「持ち物」の建物は最もインパクトがある部屋のうちの1つでした。驚くほど大量の靴やスーツケース、食器類や子供服、また刈り取られた犠牲者の髪の毛が部屋いっぱいに展示されています。
人々の何気ない日常生活が戦争により突然地獄になることの凄惨さを、真正面から見せ付けられます。
休憩無しのぶっ通しで約2時間「第1」を見学した後、小休憩を挟んでバスで「第2」へ。
お昼ごはんを食べる時間は無いので、この移動の数分でサンドイッチを詰め込みました。(カウンターの人のアドバイスで、集合前に買っておいたのです。)
「第2」は、「第1」のキャパシティがオーバーしたため1942年にユダヤ人の収容だけを目的に作られたという、とてつもなく広大な収容所。想像を遥かに超える広さです。
先ほどのレンガ造りの建物とは打って変わり、薄い壁に薄い屋根の簡単なバラックが並んでいます。
収容所内で最も大きかったというガス室は、証拠隠滅のためにナチスにより爆破され土台だけが残っているのも大変生々しいです。
たっぷり4時間ガイドさんの説明を聞きながらの見学ですが、非常にオーガナイズされており、
また建物などの保存状態があまりにも良いため、本当にここでそんな悲惨なことが行われていたというのが信じがたいくらいです。
(気持ちを入れながら見ると先に進めないので、出来る限り「自分は博物館に居るのだ」と言い聞かせながら見学した部分もありますが・・・)
現地に行ってもそれなのだから、教科書や映画で見ても何も伝わらない。
戦争がどういうものなのか、紙の上や映像の中だけの過去の話ではないのだと後の世代に伝えていくことの必要性を強く感じました。
ここで私の弾丸ポーランド一人旅は終了。
今回ワルシャワは見ていないので、またポーランドは行くかもしれないな、そう思える国でした。